福島県浪江町泉田川で2006年から5年間を泉田川漁業協同組合の管理下でシロザケの生態と人工孵化事業を取材させて頂きました。
2011年3月11日に起きた東日本大震災と発生した大津波による東京電力福島第一原子力発電所の事故により周辺は帰宅困難区域となり、復興が叶わなくなりました。
この作品は震災前の泉田川とシロザケの懐かしい情景を偲びつつ、震災後10年経った2021年に撮影したものを纏めて4K編集したもので集大成です。
動画を制作する過程で解説文を作りました。
以下に記しますのでご参考に。

はじめに 
日本の食卓で馴染みの深い鮭はほとんどこのシロザケを指します。北海道や東北地方は古くからシロザケの人工採卵・孵化・放流を漁業として確立してきました。漁業権のある川で撮影許可をいただきシロザケの繁殖行動を追ってみました。と同時に、地引き網漁から人工採卵・受精、稚魚の成長から放流までの様子を撮影しました。

撮影ロケーション 
私が撮影地に選んだのは、東北は福島県の泉田川という東京から何度も通うことのできるヤナ場のある河川です。理想は北海道知床でしたが、シロザケが遡上する11月から稚魚を放流する翌年2月にかけて何度も通うのには遠すぎます。毎年この時期に気軽に行け、撮影時間もたくさん取れそうなのでこの地を選択しました。水温は5℃〜12℃と外気温や風の影響を受け、一度に約3時間川に浸かるのを日に2回繰り返すとさすがに寒さに震えます。透視度は良い時で3〜4m、濁りがきつい時は50㎝程度でした。対角線フィッシュアイレンズを装着したカメラ&水中ハウジング、水中ストロボ2灯を装備しているので水流の抵抗はかなりのもので、流れの早い場所では川底に鉄筋棒を差し込んだりロープをヤナ場の鉄柵から体に巻き付けて、またドライスーツの浮力を相殺するために腰と肩に合計10kgのウエイト(鉛)ベルトを巻いて撮影に臨みます。

シロザケの母川回帰性 
川で生まれたシロザケは約4年間をオホーツク海・ベーリング海・アラスカ湾と回遊しカムチャッカ半島から千島列島経由で生まれた川に産卵する為に帰ってきます。海ではGPSの精度を持つ太陽コンパス、河口付近では犬の数千倍〜数万倍の嗅覚で生まれた川の匂いを嗅ぎ分け実に98%という確立で戻ることができるそうです。実際には、受精卵のハッチアウトの段階から生き残る確立として見ると1%にも満たないそうです。ここ泉田川には10月末〜11月末に大群で遡上し多い日には約2000〜3000匹が地引き網で漁獲されます。

シロザケの婚姻色 
シロザケは、海にいる時は銀色で『銀毛』『銀鮭』などと言われます。汽水域〜川に入ると婚姻色に体色が変化します。『ブナ』とか『ブナ毛』と言われます。雄は鼻が曲がり下あごが湾曲し精悍な顔付きになります。雌は穏やかな顔付きですが体に太い縞模様がはっきりしてきます。体長は約60〜80㎝で体重は約4〜6㎏です。遡上する際は水深が浅く、繁殖行動に伴い体に傷がたくさん付いて来ます。

シロザケ遡上 
シロザケは遡上時期になると大群で河口から中上流域を目指します。しかし、シロザケの遡上を塞き止めるヤナ場は河口より数㎞といった下流域で、放流する孵化飼育場はその約5km上流です。シロザケはヤナ場の手前で地引き網で一網打尽となるわけですが、河口から数百mよりヤナ場の真下にかけて産卵に適した場所を見つけて繁殖行動をする姿がたくさん観察できます。泉田川の川幅は約50〜100m、水深はヤナ場の真下で約2mありますが、岸よりでは数十㎝と浅くシロザケの背びれが川面いっぱいに出ている姿も観察できます。しかし一度川に足を踏み入れるとシロザケの姿は無く警戒心の強さに驚いてしまいます。産卵しそうな場所の前に石の様にじっとカメラを構えてひたすら彼等が近寄ってくるのを待つのみです。

シロザケの産卵行動
1.雌は遡上すると鼻先を川底に向けて匂いを嗅ぎ湧き水の出ている所を探します。気に入った場所が見つかると、産卵する為に尾びれを酷使して産卵床を掘ります。その間に傍らでペアになった雄が見守ります。
2.すかさず侵入してきた他の雄をペアの雄が押さえつけて攻撃します。力くらべで決着が着かない時は乱闘になり噛み付きあって傷だらけになります。劣勢の雄は体色を雌そっくりに変化させて退くのが喧嘩終了の合図の様です。
3.繁殖行動をするシロザケを撮影していて、少し疑問点が出てきました。一つ一つの行動は、それなりの目的(意味)がある筈です。シロザケに関する専門書等を持ってないので、WEBで検索して調べるのが手短かにその生態を習得することができると思いました。しかし、どこを調べてもどうも在り来たりの短い説明しかないのです。
A.魚体をやや斜めにして川の匂いを嗅ぐ姿は、雌でも雄でも目にするのです。これは川底の湧水が出ている産卵に敵した場所を探していると思うのですが、雌は産卵するので納得なのですが雄は何故か?
B.そしてその直後に穴を掘るのですが、何と雄も穴を掘っているんです。雌が掘るのは嫌と言うほど観察しましたが、雄の掘る姿はたまに見るくらいです。
のちに北海道の鮭に関する研究機関に質問しましたが、A.に関してはあまり観察例が無いとのことで明解な答が帰ってきませんでした。B.は雄のライバルが多い時は時間稼ぎをするため雌の掘った産卵床を埋め戻してしまう行為だそうです。
4.雌が産卵床を長時間かけて掘ります。納得行くまでひたすら掘り、雄は雌のお腹を刺激し産卵を促すこと数回、そして雌の上に雄が覆いかぶさる様な体勢になったかと思ったら遂にオレンジ色の綺麗な卵を産みました。と同時に雄は真っ白な精子を放精、川の流れで白い煙りが立っている様に見えました。
と、その直後に後方に待機していた劣勢の雄(雌の体色に擬態していた)が今がチャンスとばかりにペアの間に割り込み放精をしました。数少ないチャンスをものにする知恵でしょうかわずか5秒ほどのドラマでした。
5.そして雌は産卵床にいる雄たちを振り払うとせっせと砂礫をかけて埋めて行きます。もたもたしていると上空から海鳥たちが卵を補食しに川に飛び込んできます。卵が約10㎝の深さになるまで埋めていました。埋め戻しの為に掘られたところが次の産卵床に利用され数回産卵をし、そして体力の続く限り雌は産卵床を死守するのですが、雄は違う雌を求めてその場所を後にします。

シロザケの終焉 
たび重なる産卵行動と雄同志の闘争が彼らの姿をたくましくして行きます。しかしやがて体力の限りを使い果たして、泳ぐ力も尽きて川底に横たわります。親鮭は我が子の姿を見る事も出来ずにこの世を全うするのです。彼らの亡がらは、やがて分解されて微生物として川に還元され間接的には子孫の栄養源となるようです。

シロザケの孵化〜放流 
採卵場では人工受精した卵を成長段階を追って観察できます。
1. 受精から、約1ヶ月で発眼する。
2. 受精から、480(℃×日数)で孵化する。(約50日)(水温は晩秋15〜16℃あったのが初冬には8℃位まで下がる)
3. 生後約1週間〜10日の稚魚(卵黄に体がくっついている感じ)卵黄の栄養で育つ。
4. 生後30日前後の稚魚(卵黄が大分小さくなってきた)卵黄が無くなると浮上するようになり、餌付けを開始する。
5. 生後40〜50日(体長約4cm)シロザケらしい幼魚の姿形になり活発に水槽内を群れて泳ぐ。
6. 生後60〜65日(体長約7cm、体重0.8g)孵化場〜川へ放流する。(受精から約4ヶ月、生後約2ヶ月)0.8g以上になると福島県で買い取ってくれて指定された日時に放流する。2007年は、0.83g以上が実際の放流サイズとなった。
7. 川に放流されたシロザケの幼魚は海を目指し川を下る。河口付近ではシロザケの幼魚が下ってくるのを無数の海鳥たちが待ち構えていた。
8. 河口付近で餌を摂る様になると、北の海を目指して回遊する。

あとがき
ここ泉田川では2月〜3月に孵化飼育場近くで近隣の小学2年生の子供たちに放流を体験させている。小さな手から小さな幼魚たちが懸命に泳いで行く姿を、『4年後に帰ってきてね!』と送り出す。私も川の中で数えきれない数のシロザケの顔を見てきたが、親鮭となって帰ってきた時に再会できるのが待ち遠しい。