ラジオ少年


 小学生でラジオに興味を抱き、なけなしの小遣いでACEというメーカーの2石再生ラジオを1,000円程度で買ったのが始まりであった。
電池が006Pという四角い電池で電圧が9Vと書かれてあった。見たこともない電池で片方にプラスとマイナスの電極があり、ここを舐めてみたら「ビリッ!」と感電したのを今でも覚えている。
そして少し酸っぱい味がした。電気に興味を持ち始めていた頃で、見えないその物体に肌で感じてみたいと日頃感じていたのであろう。同時期に家庭のコンセントの100Vはどんな感電をするのか興味を持っていた。
そして意を決して感電してみることにした。
扇風機を回して、そのコンセントを少しだけ抜いて、扇風機の羽根が回っている状態を維持したままでその小さな隙間に右手の親指と人差し指をそっと触れさせた。
その瞬間に「ビリビリッ!!」と文字通りの電撃が走り右腕の二の腕辺りまでが痺れた!
心臓がバクバクして私は何かとてつもない達成感に浸ったのを今でもよく覚えている。
 2石ラジオはレフレックス回路といい、ゲルマニウムトランジスタが2個搭載している。またゲルマニウムダイオードが1個、これは検波用となっていて、つまり半導体はたったの3個という簡単な回路だ。
バリコンに直付けされた選曲ダイヤルを回すとラジオの電波がスピーカーを鳴らした。毎日のようにニッポン放送1242kcにダイヤルを合わせていた。
と言うのは、他の民放は混信でニッポン放送の電波が重なって聞こえてしまうので、仕方なくダイヤルをこの辺りに合わせていたのである。
小さなダイヤルには5.3 6 7 8 10 16 と曖昧な数字が書かれていて小さな小窓から見えるその数字を頼りにこの辺かな?と言うところで選曲していた。
NHK第一放送も電波が強くはっきりと聞こえていたが内容がつまらないので、台風が来た時以外は聞かなかった。
1ヶ月もしないうちに電池が切れて聞こえなくなり、近所の電気屋に006P電池を買いに行った。高くてビックリしたのをよく覚えている。
ラジオの裏蓋を10円玉でこじ開けて電池交換をするのであるが、蓋を開けるとラジオの中身が丸裸で見えた。見たこともない小さな部品が所狭しと並んでおり、ダイヤルを回すとポリバリコンの中の薄い半透明の羽根が回転するのが見えた。
棒磁石のような物にエナメル線がびっしりと巻いてある。これがバーアンテナとわかるまでにかなりの時間が掛かった。勿論、そのすべての部品が何であるか知る由も無かったのである。
 しばらくしてこのラジオにキットと言う自分で組み立てる物が存在していたことを知る事になった。ラジオを自分で組み立てる?? 自分には到底無理ではないかと思ったが、気が付いたらハンダゴテを握っていた。
中学一年になっていたと思うが、4石レフレックスラジオキットを購入した。これもACEというメーカーのものであった。必要な部品は全てパッケージされていて、説明書も懇切丁寧に揃っていた。
初めて握るハンダゴテは確か家にあった100Wのデカい車関係の修理用か何かで扱いづらく、思いっきり芋ハンダしてやたら汚くハンダ付けしたが運良くラジオが鳴った時はひどく感動したものだ。
書店に行き、「初歩のラジオ」「ラジオの製作」などの月刊誌を愛読し始めて益々電気というか電子に興味を深めていった。
 友達にラジオキットを完成させたことを告げて、半分無理矢理にACEの8石ラジオキットを買わせて同時に作る事にした。1週間後には完成させようという事で始めたが、私は2日程度で完成した。
友人宅に行ってみるとハンダ付けは終わらせたが鳴らないという。私が見ると預かってチェックして綺麗に完成させて後日持って行った。友人は自分には向いていないと興味が冷めていたようだった。
私は逆に自信が付いてもっと本格的に何かを作りたいと思い始めていた。その頃の雑誌の製作記事は、真空管がまだまだ全盛で、トラジスタを使った回路はまだ少数であった。
先ずは真空管を勉強しろと言うのが雑誌の意向で、家庭にあるテレビもやはり真空管で故障した時は地元の電気屋が出張修理に来ていた。居間にあるテレビの裏蓋を開けた時に覗き見して興奮していた。
自ら感電したりと全く変態少年だったと自分でもそう思う。電気屋さんの修理箱の中には真空管やいろんな部品がズラーっと並んでいて益々興奮していた。


 「通信型タイプの本格的遠距離用DX受信機」と雑誌の広告に載っていた科学教材社の0-V-2受信機キットを買ってもらい、初めて真空管に触れることとなった。
超再生(ウルタラダイン)受信機でコイルを交換すると中波〜短波帯が広帯域で受信できる。
6AU6、6BM8の2球式で、発振ギリギリまで調整して感度を上げなければならず、誤って発振させてしまうと夜中にとんでもないピーギャーの大きな音が家中に鳴り響く。何度親に怒られたかわからない。
夜間の短波帯は海外のラジオが聞こえ、北京放送や韓国、北朝鮮の放送がよく聞こえたが何を言っているのか全くわからず雰囲気だけを楽しんでいた。
流石に頭のおかしいラジオ少年に同調してくれたのか、市民無線ラジオ(CB無線)のSTANDARD製100mWトランシーバー2台を買ってもらったのもこの頃だったと思う。
006P電池はあっという間になくなって電池がもったいないのであまりトランシーバーで遊ぶことはしなかった。

続く

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